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進化を止めない

「革新と発展」の150年の歴史

Woman driving and looking into the back mirror

高性能で安全なタイヤの開発に情熱を注いだ150年

コンチネンタルの成功の歴史は、1871年にドイツのハノーバーで創業したことにまで遡ります。人々がモビリティのアイデアを現実のものにしようとするとき、いつもコンチネンタルはそこにいました。コンチネンタルの技術、システム、サービスソリューションは、モビリティと輸送をより持続可能で、安全で、便利で、お客様の要望に応えた形で、そして手頃な価格で提供する為に貢献してきました。
ここでは、革新と発展の150年の歴史と未来のテクノロジーについて見ていきます。

持続可能なソリューションの追求 (1991 – )

2018年、ドイツのメクレンブルク=フォアポンメルン州にタンポポゴムの研究所「Taraxagum Lab Anklam(タラクサガム・ラボ・アンクラム)」を開設しました。この研究所では、ゴムノキの代替原料として、ロシアタンポポの栽培や加工を行う画期的な研究を行っており、環境に配慮したタイヤ生産の為の大きな飛躍となります。

トラックタイヤの耐用年数に対応した「ContiLifeCycle(コンチ・ライフ・サイクル)」を2013年に展開しました。「ContiLifeCycle(コンチ・ライフ・サイクル)」は、ゴムのリサイクルとトラック用タイヤのリトレッドを組み合わせた他に類を見ない方法で、タイヤの寿命を延ばしながらコストを大幅に削減する持続可能なソリューションです。

2007年、コンチネンタルはシーメンスVDOオートモーティブAGを買収し、世界の自動車業界でトップ5に入るサプライヤーとなりました。同時に、ヨーロッパ、北米、アジア市場におけるポジションを大きく向上させました。

2003年、世界で初めて最高速度360km/hに対応した一般公道用タイヤ「ContiSportContact 2 Vmax(コンチ・スポーツ・コンタクト 2 Vmax)」を発表。その後、「ContiSportContact 2 Vmax(コンチ・スポーツ・コンタクト 2 Vmax)」は、「世界最速市販用タイヤ」としてタイヤでは初めてギネスワールドレコードに認定されました。

1998年、アルゼンチン、メキシコ、南アフリカ、スロバキアに拠点を広げ、グローバルタイヤメーカーとしてのポジショを強化していきます。

1991年、タイヤの環境へ与える影響を考え、環境に配慮した初のサステイナブルタイヤ、「ContiEcoContact(コンチ・エコ・コンタクト)」を発売。
転がり抵抗とタイヤの摩耗の低減に特に注力して開発された「ContiEcoContact(コンチ・エコ・コンタクト)」は、従来のタイヤと比較して、より長いタイヤ寿命と走行路面に残るゴムの残留物の大幅削減を実現しました。

もう一つの利点は、車両の燃費を大きく向上させたことです。現在、「ContiEcoContact(コンチ・エコ・コンタクト)」シリーズは現在5代目となり、世界中で行われるメディアや第三者機関によるタイヤテストでもカテゴリー中最高の評価を受けています。

ハイライト:コンチネンタルの歴史を彩る芸術的なポスター

輸送機関とモビリティの黄金時代は、広告という芸術形態に素晴らしいインスピレーションを与えてくれました。コンチネンタルのアーカイブの中には、当社の製品の品質だけでなく、お客様の願望も反映された素晴らしいポスターのコレクションがあります。
それが性能についてのものであれ、安全性についてのものであれ、あるいはエキゾチックな場所への旅の魅力についてのものであれ、文化の歴史を彩るこれらのカラフルなスナップショットには、味わうべきものがたくさんあります。

グローバル化を推進 (1961 – 1990)

1987年、北米のタイヤメーカー「ゼネラルタイヤ」の買収により、コンチネンタルタイヤ・ノースアメリカ・インクを設立。

1979年、ユニロイヤル社の欧州タイヤ事業を買収し、欧州での事業基盤を強化しました。その6年後には、オーストリアのセンペリット社のタイヤ事業も買収し、欧州での基盤を強化しました。

1972年、スタッドレスタイヤ「ContiContact(コンチ・コンタクト)」を発表。「ContiContact(コンチ・コンタクト)」は、冬の気候や路面コンディション下で走行時の交通安全性を大幅に向上させました。世界の自動車製造業のダイナミックな発展に伴い、様々なタイプのタイヤや様々な用途のタイヤに対する需要が同時に高まってきた時代です。1967年、市場の要求に対応するため、コンチネンタルは専用のテスト施設「Contidrom(コンチ・ドローム)」をハノーバーの北、リューネブルガーハイデに設立しました。

ハイライト:初の無人運転車

1968年、最初の電子制御の無人運転車が「Contidrom(コンチ・ドローム)」のサーキットに登場し、報道陣や一般の人々を驚かせました。このプロジェクトの目的は、プログラムされた条件下で、科学的手法を用いてタイヤを正確にテストする方法を証明することでした。しかし、別の意味で、コンチネンタルのエンジニアたちは自動運転の未来を切り開いていたのです。

Start
 

モータースポーツでの快進撃 (1931 – 1960)

1960年、コンチネンタルは初めてラジアルタイヤの量産を開始。このタイヤの呼称に「R」の表記を導入し、これが後に世界中のタイヤメーカーの標準となりました。

1955年、コンチネンタルはドイツ企業として初めて乗用車用チューブレスタイヤの製造を開始しました。

1952年、コンチネンタルはヨーロッパで初めて、冬場や氷点下での使用を想定して設計されたタイヤ、M+S(Mud and Snow)を発売しました。

1951年から1955年、ダイムラー・ベンツやポルシェと共に、レースで快進撃を続けます。スターリング・モス、カール・クリング、ファン・マヌエル・ファンジオなどの有名レーシングドライバーが、コンチネンタルの高性能タイヤを装着したレースカーでフランス、イギリス、オランダ、イタリアのグランプリを制覇しました。

1945年の終戦とともに、ハノーバー工場の生産が再開されます。

戦時中、研究者たちは新しいデザインや技術の開発に取り組み続けました。その一つが、1943年に取得したチューブレス自動車用タイヤの特許です。

1935年から1940年、コンチネンタルのレーシングタイヤを装着したメルセデスとアウトウニオン(現アウディ)が数々のレースを席巻します。ドイツGPでの4連勝、北アフリカのトリポリでの4勝、イタリアでの3勝を飾り、ルドルフ・カラッチオラ、ベルント・フォン・ローゼマイヤー、ハンス・スタックといったレーシングドライバーの数々のスピード記録を達成、国際的な名声を得るのに貢献しました。

 

第二次世界大戦中のコンチネンタル

1939年、第二次世界大戦が勃発すると、トラックや航空機のタイヤ、衣料品や履物などの消耗品の製造など、軍事的な要求に応えるためにタイヤやゴムの生産量が厳しく規制されました。また、当時のドイツ産業界で多く行われていた様に、コンチネンタルも「第三帝国」による強制労働力者を受け入れています。この恥ずべき事実は、歴史研究で調査され、2020年に発表されました。

発明と革新の精神 (1901 – 1930)

20世紀の初め、コンチネンタルは事業を自動車用タイヤ製造に特化、変革期を迎えます。自動車用タイヤの製造を開始した当初から大きな成功を収めており、それ以来、その努力は止まることを知りません。

1926年、耐摩耗性と経年劣化を向上、ゴムの強度を高める為にカーボンブラックをタイヤに採用しました。

1921年、コンチネンタルはドイツ企業として初めてコードタイヤを市場に投入します。コード繊維の生地は、より柔軟性があり、硬いリネンの角型織布からの大幅な性能向上が見られました。

車のタイヤだけではありません。飛行家の先駆者ルイ・ブレリオは、1909年に英仏海峡を初飛行して歴史に名を残しました。彼の飛行機には、翼と胴体にコンチネンタル社製アエロプラン素材が使われていました。

1908年、セダン用の着脱式リムを発明。

1904年、初めてトレッドにパターンを採用した自動車用タイヤを発表。

1901年3月25日、コンチネンタルの空気入りタイヤを装着した「メルセデス」が、ニース・サロン・ニースのカーレースで414kmの距離を6時間45分48秒で完走し、センセーショナルな勝利を収めました。この勝利は強力な宣伝効果を発揮し、新しいタイヤデザインの開発に拍車をかけました。

コンチネンタルの誕生とガソリン自動車時代の幕開けコンチネンタルの誕生とガソリン自動車時代の幕開け(1871 - 1900)

1892年、コンチネンタルはドイツで初めて自転車用空気入りタイヤを製造した企業となりました。
1875年、ハノーファー市の紋章に基づいた暴れ馬のイメージがコンチネンタル製品に初めて登場、1882年には会社の商標として正式に採用されました。
1871年10月8日、コンチネンタル・弾性ゴム・グッタペルヒャ社がドイツ、ハノーバーで創業。これは最初のガソリン自動車が製造される15年前のことでした。ヴァーレンバルト通りにある本社工場では、レインコート用のゴム引き布、ソフトラバー製品、自転車や馬車用のソリッドタイヤなどが生産されていました。
ハノーバーが創業の地として選ばれたのは、決して偶然ではありません。19世紀の初めには、エンジニアリング工場、織物工場、織物工場、さらには高級ショコラティエまでもが軒を連ねる賑やかな工業地帯で、1843年には、すでにハノーバーはドイツの他の地域と直通の鉄道で結ばれていました。

ハイライト:なぜ馬なのか? コンチネンタルタイヤのロゴの歴史は、1875年までさかのぼります。

跳ね馬は、自動車業界で最も馴染みのある商標の一つであり、強さ、敏捷性、耐久性を象徴しています。これは長年にわたり、いくつかの形をとってきました。しかし、どのようにして、そしてなぜ、跳ね馬がコンチネンタルタイヤの代名詞となったのでしょうか?

コンチネンタルで馬が最初に登場したのは、ソフトラバー製の蹄鉄を発明したハルトマンという獣医のおかげです。凍った路面で馬が滑るのを防ぐために設計されたソフトラバー製の蹄鉄は、ハルトマンが特許を持ち、コンチネンタルが製造・販売を行っていました。そして蹄鉄には馬が後ろ足で立ち上がる姿が描かれていました。

しかし元々跳ね馬は、この地域の伝統的なシンボルなのです。14世紀にブランズウィック-ルネブルグ公爵家の紋章に初めて登場し、現在でもドイツのニーダーザクセン州で使用されています。このような経緯からコンチネンタルでも跳ね馬がロゴとして採用されました。

未来のインテリジェントタイヤ

発明と革新の精神は受け継がれています。2017年のフランクフルトモーターショー、コンチネンタルは、将来の安全性および快適性の向上に繋がる2つの新たなタイヤ技術コンセプト「ContiSense(コンチ・センス)」と「ContiAdapt(コンチ・アダプト)」を発表しました。

「ContiSense(コンチ・センス)」は、タイヤに内蔵したセンサーを利用してトレッドの深さと温度を測定し、タイヤの損傷をドライバーに警告する技術です。「ContiAdapt(コンチ・アダプト)」は、可変リムとホイールに内蔵されたマイクロコンプレッサーを組み合わせて、タイヤの空気圧とリム幅を調整し、路面状況に応じた接地面を実現します。

ContiSense(コンチ・センス)」と「ContiAdapt(コンチ・アダプト)」の両方を搭載することで、タイヤは更に安全性と快適性を向上させることができます。例えばドライ路面でコンディションの良い状況では、空気圧の高い状況で走行することで燃費を向上させることができます。逆に滑りやすい路面では空気圧を下げ接地面を広げることで、グリップ力を向上させるといったことが可能になります。

コンチネンタルは、どちらのタイヤ技術コンセプトも、自動運転や電気自動車から求められる多彩なニーズを満たすための有望なソリューションであると考えています。

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